VibratioNote Searching for untimated Vintage Worlds!

Text & Editorial Photography by Rin Tanaka
Courtesy of David Karlak, Madeline Mcinnis, Hajime Narahara

Madeline-4
Vol. 30
A面で恋をして、
B面で……何をしよう!?(前編)

「J-Pop史の金字塔」と絶賛される『A Long Vacation』が40周年記念!もうあれから40年も経ったんだ……。今月は、大瀧詠一さんも大好きだった古いオーディオ特集です!

今月のモデルは、マデライン・マッキニス(20)さんです。なんとこの秋に結婚するそうで(早いなぁ〜)、久しぶりに連絡し、「撮影をしよう!」となりました。僕のスタジオで、彼女のご両親より歳上のヴィンテージ・スピーカーと一緒に撮影です。

Marantz 10B

このラジオ・チューナーは、1964年に発売された〈マランツ〉の「10B」です。1970年代に入るとオーディオは「真空管→ソリッドステート(半導体)」の時代に移行しており、この「10B」は「最後の高品質な真空管式ステレオ・チューナー」となりました。驚くことは、小型の真空管が全部で21個も使われていることです。これは当時まだアメリカで普及していなかったFMとAMの両用のためで、素人が見ても「10B」の電子回路は異常に複雑です。このチューナーがお洒落なのは、無線機のように受信中の電波が表示されることです。オーディオはサウンドとともにルックスも凄く重要でして、 1960年代の〈 マランツ〉は「アメリカで一番洗練されたブランド」でした。大瀧詠一さんから、「孤独を恐れるな」と教わった気がする。

大瀧詠一さんから、
「孤独を恐れるな」と
教わった気がする。

「大瀧詠一の『ロンバケ』が40周年!」この春、ニュースで久しぶりに大瀧詠一(1948- 2013)さんの記事をよく目にし、YouTube で貴重な映像や音源を検索しています。実はYouTubeが登場する以前、つまり10年前までは昔の珍しい映像や音源が膨大に封印されたままで、それがこの数年でどんどん一般公開されているのです。そして「大瀧さんの謎」についても僅かながらにアクセスできるようになりました。
 僕がラジオに興味を持ったのは11歳の頃、つまり1981年で、当時バカ売れしていた「ラジカセ」がついに我が家にもやってきました。1980年代に「ラジカセ」や「オーディオ」が日本で大ブームとなった背景には、ステレオ音源のFM放送が全国規模で普及し始め、若者向けのロック番組が増えたことが大きく寄与していました。大瀧詠一さんの 『A Long Vacation』(1981年)はそんな絶妙なタイミングで発売されており、彼の澄み切った美声がFM波に乗って日本中に響き渡っていました。
 子供ながらに不思議だったのは、大絶賛されながらもテレビで大瀧さんを見たことが一度もなかったことです。にも関わらず歌謡番組を見ていると、「作曲・大瀧詠一」というテロップをよく見かけました。一番有名なのは 『風立ちぬ』(松田聖子)で、他にも『さらばシベリア鉄道』(太田裕美)、 『熱き心に』(小林旭)、『冬のリヴィエラ』(森進一)、そしてラッツ&スターの『Tシャツに口紅 』……。大瀧さんが作る曲には独特な「切なさ」があって、凄く心に残ります。そして歌がとにかく上手いなぁ〜。
 高校生・大学時代は音楽雑誌を読み漁りました。これまた不思議だったことは、大瀧さんのインタビューをほぼ見なかったことです。大きな理由は新作を長く出していなかったためで、大瀧さん自身が引きこもり、いや「ロング・バケーション」に入ってしまったのです。
 大瀧さんが都市伝説になってきたのは、1990年代に〈はっぴーえんど〉の廃盤音源がCD化され、オリジナル・メンバーの細野晴臣さん、鈴木茂さん、松本隆さんが積極的に当時を語るようになったことです。しかし大瀧さんだけは絶対出てこないんです。そこで「ロンバケ」世代の業界人たちがドラマやCMで大瀧さんの曲を使用し、彼を表舞台に引っ張り出そうと試みました。ラジオ番組にはたまに出演しましたが、結局大瀧さんがテレビの前で語ることは一度もありませんでした。それは40歳くらいで引退し、その後メディアに全く顔を見せないアメリカのスポーツ・スターのようでした。
 亡くなられる1年前の2012年、久米宏さんのラジオ番組に出演しており、「月曜から日曜までずっと音楽を聴いている。それが仕事なんです」と語っています。多くの人が理解できないでしょうが、僕は似たような生活をしているので、だいたい想像できます。
 まず大瀧さんが朝起きて何をしていたか? たぶんコーヒーを持ちながら自宅スタジオへ入り、オーディオのスイッチを「On」にするんです。これは世界中のレコード・ジャンキーがやっている「朝の儀式」でして、大瀧さんのオーディオもスイッチの周辺が少し汚れていたでしょう。
 昔の写真を拝見する限り、大瀧さんのオーディオ・システムは、ラジオ局にありそうなプロユースの高級な装置ばかりでした。さらに特製のスピーカー・ボードには何個も違うスピーカーを埋め込んでおり、スイッチ一つで色々なオーディオと組み合わせていたと思います。考えてみると、大瀧さんは自宅に本格的な録音スタジオを作り、「福生〜東京」間のリモート・ワークを導入した最初の日本人アーティストでした。もし今もご健在だったら、逆に元気に活動を再開していたかもしれません。
 大瀧さんは自宅スタジオでずっと『ロンバケ』を超える新作を考えていたと思います。そして苦しんでいたでしょう。しかし晩年の大瀧さんのラジオの声を聴いていると、「孤独を恐れるな」と教わっている気がします。アーティストはスタジオに籠って創作活動を続けるのが仕事で、「孤独」を避けて通ることは誰もできないからです。
 さぁ、今日もレコードをたっぷり聴きまくるぞ! (次号に続く)

Thorens+SME

レコードに針が落ちる瞬間は飛行機の着陸時と似ており、歳をとっても独特な緊張感がありますね。僕が使用しているターンテーブルは1957 年に登場した〈トーレンス〉社の「TD124」(スイス製)。「Mark II」と書かれているので1966 年頃のものでしょう。これは家庭用プレーヤーとして世界的に評価が高かった傑作で、アメリカでも良く売れました。そして今でも「TD124 人気」が衰えないのは、アーム&針を色々なブランドで組むことができるからでしょう。アフター・パーツもまだ入手できるために修理も可能で、お薦めのヴィンテージ・ターンテーブルのひとつです。

〈SME〉のアームが素晴らしいのは、ヘッドシェルがねじ回し式で簡単に交換できることです。釣り人が様々なルアーを使い分けるように、僕も色々な針を試しました。普段は〈オルトフォン〉を良く使用しますが、他にも〈シュア〉や〈デンオン〉など色々と試すと微妙な音の違いが分かります。これは終わりがありません。

ヴィンテージ・アームといえば、〈オルトフォン〉の「RMG-309」も有名ですが、僕は英〈SME〉の「3012 Series II」(1960年代中期製) をチョイスしました。これまた当時世界で最も評価の高かったアームです。しかも長さが12インチ(普通は9インチ)もあって、独特な操作感があります。針圧を調整する振り子のようなデザインも凄くユニークですね。

JBL Hartsfield

オーディオを選ぶ際、最初に覚悟を決める必要があるのがスピーカーです。一番重い器材なので、一度セットアップしたら長く「固定」になるからです。僕がチョイスした「正捕手」は、家庭用スピーカーとして1950年代の最高級モデルだった〈JBL〉の「ハーツフィールド」。とにかく迫力のある美しいデザインで、ミッドセンチュリー家具のようでもあります。実際に当時の〈JBL〉の広告は凄く洗練されており(右の米『Hi-Fi & Music Review』、1958年8月&11月号を参照)、家具メーカーの〈ハーマン・ミラー〉や〈ノール〉とクリエーティブの方向性が良く似ていました。写真の「ハーツフィールド」は1957年頃の前期型で、当時は「ブロンド」の鮮やかな木目が大人気。え、なんで1つしかないんだ? 良い質問です。僕が大好きな音楽は1950年代〜1960年代に集中しており、当時はモノラルの時代だったため、スピーカーは1つで十分なんです。「モノラル」は「ステレオ」より音質が悪そうに感じますが、僕はそうは思いません。音が一箇所からまっすぐ飛んでくるため、音のまとまりが凄く良いんです。昔からジャズ・ファンに〈JBL〉を選ぶ人が多いことは有名ですが、確かに〈JBL 〉の音は「コクのあるコーヒー」のようで、サックス・プレーヤーが目の前で吹いているかのような再現力があります。

Marantz 7

オーディオの「中間地点」になるのがプリ・アンプで、音色をコントロールする重要な機材です。僕が選んだのは、1958年に登場した〈マランツ〉の「Model7」。これは真空管時代を代表するプリ・アンプで、デザイン&配置が洗練されており、機能も豊富、さらに軽い、と文句なしの設計です。しかも当時開発されたばかりの「ステレオ仕様」になっており、同じニューヨーク州の〈マッキントッシュ〉より〈マランツ〉の方が技術力・革新性で数年先を走っていました。

その昔アメリカ製の真空管といえば〈RCA 〉が有名でしたが、オーディオ・マニアの間で評価が高かったのは英国製でした。米製と英製の何が違うのか?
 音の微妙な違いを説明するのは難しいのですが、僕の印象では「英国製の方が長持ちする」印象があります。電気製品の世界では「壊れない」ことが凄く重要でして、アメリカ製のオーディオでも英国製の真空管をよく採用していました。女性のボディ・ラインのようなガラスのデザインがセクシーですね!

Mclntosh275

パワー・アンプは大動脈のような役割で、スピーカーにパワフルでキレの良いサウンドを送り込む重要な装置です。特に大型スピーカーにはパワーのあるアンプが凄く重要。そこで最初は〈マランツ〉の(1959年に登場した)「8B」を使っていましたが、途中から(1961年に登場した)〈マッキントッシュ〉の「275」に切り替えました。これは1960年代のオーディオ界における「ハイブリット方式」で、35W仕様の「8b」に対して、「275」をモノラルで使用にすると150Wもあるんです。実際に11年前に自分の古着イベント「Inspiration」で実験したんですが、ボリュームを「8」くらいにしてスピーカーの前に立つと、自分の身体が吹っ飛びそうになりましたよ! 1970年代初期にこの「275」に目をつけたのが〈グレイトフル・デッド〉の音響担当で、「275」を何台も使用し、「サウンド・オブ・ウォール」というロック史上初の巨大音響システムを開発しています。

コロナ禍に我々は色々な変化を経験していますが、マデラインさんは「A面で恋して、B面で結婚しよう!」と至ったようです。まさに『幸せな結末』(大瀧詠一作)。本当におめでとう!