VibratioNote Searching for Ultimated Vintage Worlds!

Text & Editorial Photography by Rin Tanaka
Courtesy of Bruce Brown, Madeline McInnis, Sunao Okamoto

Vol. 34
日曜日はバイクに乗って出かけよう!

伝説のバイク・ムービー「On Any Sunday」の公開から今年で50周年。
今月は同映画の古いポスターを世界バージョンで紹介しましょう!

今月のモデルは、結婚を10月に控えたマデライン・マッキニス(20)さん。「幸せ一杯!」な雰囲気がファインダー越しからも伝わってきます。レザー・パンツは〈クロムハーツ〉、シューズは〈バンズ〉の「エラ」。とても南カリフォルニアらしいコーディネートになりました。

ブルース・ブラウンの映画から、「自分のスタイルで突き進め!」と教わった。

Bruce Brown

「ブルース・ブラウン!」― 丁度20年前、2001年のことになりますが、当時は米バイク・レース協会『AMA』が主催するダートトラック・レースが、我が家から近いサンディエゴの「デルマー・フェアーグラウンド」でも開催されていました。あの年の「デルマー」が米レース・ファンにとって特別な一日だったのは、米バイク・レース系ドキュメンタリー映画『On Any Sunday』(邦題は『栄光のライダー』、1971年公開)が30周年を迎え、当時のトップ・レーサーたちが大結集したことです。
 セレモニー中に特に大歓声が巻き起こったのが、同作品の監督であるブルース・ブラウンさんでした。あの日の僕は、多くの取材陣に混じってブラウンさんを間近で撮影。そして「その節はありがとうございました」と言うと、彼は一瞬ニヤっとしました。実はその1年ほど前にサーフィン関係のイベントで彼を取材しており、そこでもブラウンさんは大人気だったのです。実はブラウンさんはサーフィンとバイクという、ほぼ接点がない異業界で傑作映画を発表し、2つの世界で殿堂入りを果たしました。これは「二刀流」や「二階級制覇」とも違う、滅多に出来ない超大技です。いや〜、凄い!
 ブルース・ブラウン、1937年、南カリフォルニアのビーチ・タウン、ダナ・ポイント出身。高校卒業後はライフガードとなり、仲間とサーフィン・ライフを謳歌していました。そして当時普及し始めていた16ミリ映像カメラを入手し、ビーチで撮影を始めたのです。幸い、ブラウンさんが暮らすダナ・ポイント界隈は人気サーフボード・ブランドが続々と工場を建て始め、話題に事欠かない環境にありました。こうして1958年のデビュー作『Slippery When Wet』を皮切りに、短編映画を毎年1本のペースで発表。そして1964年には「サーフィン映画の金字塔」と大絶賛される『Endless Summer』が公開されました。
 ブラウン映画の大きな特徴は、監督自らがナレーションを務めることです。これは珍しい例で、しかし当時のブラウンさんは資金不足でサウンド・トラック用の機材を用意できず、上映会ではなんと自らがマイクの前に座り、映像に合わせてナレーションを始めたのです。これは「アマチュアじゃないと思い付かない発想」でして、しかし彼は意外にもナレーションが凄く上手く、結果的に彼にしかできない映像スタイルが完成しました。「お金がなくても、自分のスタイルを確立すること」―― それは僕が若い頃にブラウンさんから教わった物凄く重要な教訓です。
 『Endless Summer』のスマッシュヒットを足がかりに、遂にハリウッド・デビューを果たします。しかしテーマはサーフィンではなく、当時全米中で大ブームだったバイク・レースに挑戦。主演は何と当時人気スターだったスティーヴ・マックィーンが務め、脚本を気に入った彼は映画への出資もしてくれました。こうして『On Any Sunday』は1971年に世界10 ヶ国以上で上映され、予想通りのヒット作になりました。

映画『On Any Sunday』のプレス用フォト。ブルース・ブラウン監督(左)が、当時 「最強のロードレーサー」と言われたキャル・レイボーン(右:ハーレーダビッドソン・チーム)にアドバイスしています。レイボーンの〈Bell〉製ヘルメットに注目してください!これはハリウッドの〈Gordon Enterprises〉が作った、「当時の世界最先端の特撮カメラ」です。センサーをテープでベタベタに固定している感じがかなりローテクですが、しかし歴史的に貴重な写真ですね。なぜならこの頃のレイボーンは全盛期を迎え、しかし2年後、練習中の衝突事故で他界しているからです。

砂漠をモトクロスで爆走する主役の3人。(左から)スティーヴ・マックィーン、マート・ローウィル、そしてマルコム・スミス。さらにブルース・ブラウン監督のサイン入り。

 実に興味深いことは、『On Any Sunday』のシナリオは『Endless Summer』と同じようにブラウンさんのナレーションによって構成されており、「最後はハッピーエンドで終わる」いつもの展開になっていることです。ただマンネリ感はなく、むしろ安定感があります。クリエイティブの世界というのは誰もがマンネリに悩みますが、しかし一度自分のスタイルを確立したら、あとはそれを貫き続けるのが正解なんですね。ただし絶えずアップグレードさせる必要があり、それが唯一マンネリ化を防ぐ方法です。ブラウンさんの場合は最新の特撮技術を駆使し、上手くレベルアップを計っていた気がします。
 2021年の今年、映画『On Any Sunday』は遂に50周年を迎えました。残念ながら、ブルース・ブラウンさんは2017年に他界しており、再び記念イベントが開催されることはないでしょう。しかし作品はDVD等で残っており、この先も多くのドキュメンタリー監督たちに影響を与え続けるはずです。果たしてどんな実力派の若手監督が登場するのか!? 暗い時
代だからこそ、今は明るい未来に期待しましょう。 (次号に続く)

On Any Sunday

僕は大学卒業後、広告代理店に就職し、映画広告の部署に配属されました。そして新米社員の頃によくあった仕事が、「映画会社へ行ってポスターをもらい、試写会ホール等に届ける」業務でした。その影響もあっていつしか映画のポスターが好きになり、アメリカへ移住してからは古いポスターを集めるようになりました。ここに紹介するのは、映画『On Any Sunday』の世界各国バージョーン。映画の世界は国によってポスターの標準サイズがかなり違っており、さらにその国独自のクリエイティブに置き換えるので、同じ映画を宣伝するにも表現方法が随分と変わります。その違いを比べてみましょう。

まずは本国アメリカの宣伝用資材です。(1枚目)は様々な広告に使用されたメイン・ビジュアル、そして(2枚目、3枚目)はメディアに配ったプレス用写真。当時の最新スポーツとして話題だった「モトクロス」を全面的に押し出しており、1970年代のバイク業界に起きていた劇的な変化を見事に描いています。

こちらはオーストラリア・バージョン。「爽やかで、まとまりの良いデザイン」に仕上がっていますね。

(上)はイタリア、そして(下)はスペイン・バージョン。写真を使ったクリエイティブではなく、イラストでデザインされている点がかなりレトロです。多分ですが、この映画が公開された1971年頃、イタリアやスペインでは写真を使用したポスター印刷のコストがまだ高かったのでしょう。実際に映画の黄金期だった1950年代〜1960年代までは、映画宣伝のクリエーティブが全てがイラストレーションでした。当時子供ながらに、「実物の俳優と似ているような、似てないような微妙な描写力」にファンタジーを感じたものです。

映画ポスターで一番サイズが大きいのがフランス製です! なぜフランス製は大きいのか? これは僕も長年分からない「ポスターの謎」でして、しかしフランスは芸術の国なので、「大きい=インパクトがある」ことを昔から良く知っていたと思います。しかも「サイズが大きい=コストが高い」ことを知った上で敢えてこのサイズを選ぶところが、フランス人の映画愛のようです。僕も過去に2枚ほどフランス版ポスターを持っていましたが、部屋に飾ると圧倒的なインパクトがありました。ただフレームをカスタム・オーダーしないといけないため、結構な金額になりました。芸術ってホント、お金が掛かりますね〜。

日本バージョンの邦題は、『栄光のライダー』。なんとも日本らしい、渋〜いクリエイティブです。この時代のマックィーンは〈リーバイス〉の「501」を穿いており、〈リーバイス・ジャパン〉の発足間もない1982年頃、この映画のワン・シーンを使ったTVコマーシャルが流れました。それはとても衝撃的な映像で、当時小学生だった僕は「マックイーンもリーバイス!」というナレーションを聞いて、地元のジーンズ屋へ駆け付けたものです。そして中学生になると東京の古着屋で「501」を探すようになり、40年後の今でも古着を追い続けています。「もしあの時、『On Any Sunday』の映像を観ていなければ……」、僕は全く異なった人生を送っていたでしょう。

Teufelskerle

最後はドイツ製のポスター(上)とプレス用写真(中6枚・下2枚)です。個人的にはこのドイツ・バージョンのクリエイティブが一番好きですね。フォントや色遣いが、「ポスト・バウハウス」的とでも言うのでしょうか。当時のドイツは印刷技術においても世界最先端を誇り、カラー写真をいち早く取り込んだモダンでカラフルなデザインに仕上げています。

マデライン・マッキニスさんが着ているTシャツはなんと! 僕が20年前にスキップ・バン・ルーインと言う映画『On Any Sunday』にも登場する1960年代のトップ・レーサーからもらった超貴重品です。本人曰く、「1968年頃にスポンサーの〈ビル・ロバートソン〉と言う地元のトライアンフのディーラーが作ったショップTシャツだよ。当時の〈トライアンフ USA 〉は東海岸はゲーリー・ニクソン、そして西海岸は何と私が看板レーサーだったんだ!」。