VibratioNote Searching for Ultimated Vintage Worlds!

Text & Editorial Photography by Rin Tanaka
Courtesy of Bleu Archbold, Bob Chatt

アメカジの原点とは?それは第二次世界大戦前のアメリカに辿り着きます。今月は、1920年代~1940年代のスーパーレアなヴィンテージ・ミリタリー特集です!

Vol.35
ミリタリー系ヴィンテージは、奥が深すぎる!?

今月のモデルは2年ぶりの再登場となった、ブレウ・アーチボルドさんです。僕は昔、彼女の地元であるサン・クレメンテというビーチタウンに長く住んでいました。そのため共通の知り合いが多く、コミュニケーションが楽です。今月は「ヴィンテージ・ミリタリー」をテーマに撮影してみましょう!

Hookless-Talon

ヴィンテージを語る上で、
“戦争”は避けて通れない。

1928〜1932年頃に製造された米陸軍航空隊のミリタリー・バッグです。そこまで細かく分かる理由は、「Hookless-Talon」と刻印されたジッパーを使用しているからです! これはジッパー・マニアならヨダレものの「アメリカで最初に商品化されたジッパー」です。米軍による大量発注によって製品化に弾みがつき、徐々に民間でも使用されるようになりました。創立当初は〈Hookless〉が会社名で、〈Talon〉がブランド名。しかし1932年頃から〈Talon〉が会社名になったため、〈Hookless〉という名前は短期間のみ刻印されました。このバッグには手書きのペイントが多く残っており、素人ぽい感じが逆に味があって素晴らしいですね。(撮影協力:Bob Chatt)

ミリタリー系は苦手だなぁ……。僕が「古着ライター」として活動を始めたのは1994年、24歳の時です。あれから27年も経ち、さすがに今ではどんな古着でも見た瞬間にある程度のことがパッと分かるようになりました。ただし一つだけ自信がないジャンルがあります。それはミリタリー系ヴィンテージ 、つまり1920年代〜1960年代にアメリカ軍が開発したユニフォームです。
 理由としては、僕は長くアメリカで暮らす日本人で、「第二次世界大戦争」に関してはあまり触れたくないからです。特に初めてアメリカを訪れた1990年代は第二次世界大戦を経験した人たちがご存命で、身近に「戦争の記憶」が多く残っていました。そのため、ミリタリー系の古着に関しても深追いしないようにしてきたのです。
 自分のキャリアの大きな転機は、2008年に『Book of Harley-Davidson Fashions』、そして2009年に『King of Vintage』という本を2冊出版し、マニアの間でまぁまぁ話題になったことです。共に対象テーマは、「1900年初頭〜第二次世界大戦頃に作られたメンズ・ファション」。つまり今から百年前のアメリカの洋服についてで、あまり解明されておらず、物凄く勉強したいジャンルでした。
 編集作業を進めながら驚いたことがあります。例えば、一枚の古いシャツを撮影。一見、「民間人が着ていたワーク・シャツだなぁ」と思いきや、良くみると「アメリカ軍のユニフォーム」なんです。今日と違って、どうも戦前の米軍ユニフォームは、民間服と比べて差が少ないですね。しかもオーダー数が少ない場合はブランド・ラベルが付いたまま着用。大量のオーダーの場合でも民間人の洋服を少しだけ改良し、ラベルには製造社名を記載していました。つまり当時のミリタリー・ユニフォームを調べると、民間の洋服業界のことまで色々と分かるのです。これは「一挙両得」だと思いました。
 特に「ジャケット」を専門とする僕が感心したのは、米陸軍航空隊が1923年に開発を始めた「フライング・ジャケット」です。第一次世界大戦前からアメリカでも既にレザー・コートは僅かにありましたが、丈の短いスポーティーなレザー・ジャケットを着ている人は誰もいませんでした。世の中に存在しないモノをどうやって作るのか?│そこで当時の米航空隊の開発者が向かったのは、大手スポーツ・メーカーの〈スポルディング〉や〈ウィルソン〉でした。今も昔も最先端のユニフォームを研究しているのがスポーツ・メーカーで、特に当時の〈スポルティング〉はパイロット用のユニフォームまで販売していたのです。
 米航空隊の研究チームは4年かけてプロトタイプを作り、1927年から本生産を始めます。しかしファッション業界の人なら誰でも分かることですが、サンプルは作れても、オーダー数が何千、何万になると、縫製工場が簡単に見つからないのです!そこで研究チームは何十社ものレインコート屋とグローブ屋にコンタクトします。当時、レザーを扱える縫製工場はこの2業種しかなかく、バイク乗りが着る「ライダース・ジャケット」も1930年代以降にレインコート屋とグローブ屋が販売するようになりました。
 結果的に米陸軍航空隊は30社前後のレインコート屋とグローブ屋とコラボをし、1929年頃〜1945年までに夏用モデルの「A-2」だけでも20万着以上、他のモデルを加えれば30万着以上をオーダーしています。とんでもない数でして、しかし米航空隊の努力によって多くのアメリカ人が生まれて初めて「革ジャン」の存在を知ったのです。
 第二次世界大戦後、アメリカ軍はユニフォームについても様々な改良を促進し、レザーではなく、新素材のレーヨンを採用するようになります。結果的にユニフォームの機能性や快適さが向上しましたが、ただ戦前のような「味」がなくなったのがなんとも残念です。
 27年も古着のリサーチをやっていても、判らないことが沢山あります。逆に、だからこそモチベーションが続くのかなぁ、と。何十年続けていても全く飽きないというのは、本当に幸せなことです。
(次号に続く)

Type A-1

このレザー・ジャケットは凄く古い! 米陸軍航空隊が「世界初のレザー製ミリタリー・ジャケット」として1927年頃に採用した 「A-1」と呼ばれるモデルです。ただ本来の「A-1」は襟にも伸縮性のあるウール製の「リブ・バンド」が使われており、襟がレザー製のこのジャケットは 「A-1」が量産される前の「プロトタイプ」かもしれません。素材は判断が難しいのですが……鹿革、しかも戦前によく使われたトナカイのような大きな鹿の革ではないかと思います。この時代はボタンにもお洒落な模様があり、ディテールが渋いですね。(撮影協力:Bob Chatt)

Flying Jackets

〈タロン〉のアルミ製ジッパーを使用した、1940年代後期頃のレザー・ジャケット。当時「アヴィエーター・スタイル」と呼ばれた一般向けのスポーツ・ジャケットですが、どうもオーナーは米陸軍航空隊に所属していたようです。戦時中に「A-2」か「B-3」に付けていた所属部隊のレザー・パッチを剥がし、自分のジャケットに付け替えています。1940年代は民間人が多く徴兵されたため、帰還後に戦争中の記念品を大切に身に付けるアメリカ兵が多くいました。恐らく、ホースハイド製。(撮影協力:Bob Chatt)

Memorial Jackets

「メモリアル・ジャケット」と呼ばれる、1930年代製のデニム・ジャケットです。ボタンがとても古いですね。当時、アメリカの若者たちは学校などを卒業する際に白いワーク系ジャケットを用意し、 仲間から「寄せ書き」を貰うのが流行りました。しかし多くのケースで「これから軍に入隊し、戦場へ行くかもしれない」という意味があったようで、アメリカでも戦争が身近にあった時代の物哀しさを感じます。(撮影協力:Bob Chatt)

1940年代に作られた、「USMC」(米海兵隊)の女性用ユニフォーム。この頃からアメリカ軍は手書きではなく、ステンシル・ペイントを多く活用するようになりました。もう一度上の白いジャケットを見てください。アメリカでは「シャツ・ジャケット」と呼ばれる、「シャツ」と「ジャケット」の中間のような「ポケットが3つ付いた軽量ジャケット」が1930年代に登場し、戦後もワーク〜ミリタリーまで広く使用されました。これほどまでに長くアメリカで生産されたデザインも珍しく、とてもシンプルですが「究極のアメカジ・デザイン」の一つですね。(撮影協力:Bob Chatt)

撮影の前に知り合いから借りてきたのが、右ページでも紹介した1940年代の米海兵隊用コットン・ジャケットです。シーンズとミリタリー・グリーンの上着は相性がとても良く、実際にブレウさんに着せて撮影してみると……「やっぱり上手くいったなぁ」という感じです。これぞアメカジのド定番なコーディネートですね。

Tour Jackets

カタカナで「オキナワ」ってペイントされていますが、「ビキニ姿」の女性は戦後間もない日本にはまだいなかったはずです……。このジャケットは1949〜1950年に沖縄基地に駐在した米軍兵の記念ジャケットで、帰国の際に描いてもらったのでしょう。当時は世界中のアメリカ軍基地周辺にお土産屋が軒を並べ、その中には「絵を描いてお金を貰うビジネス」も存在していたようです。ちなみに〈タロン〉製ジッパーには「L 0」と刻印されており(=1940年12月を意味する)、このジャケット自体は1941年頃に製造されたようです。襟にはまだチン・ストラップがついていおり、戦後になるとこのディテールは消えてしまいます。(撮影協力:Bob Chatt)

時は1943年─ワニの絵が描かれているので、このシャツはフロリダ州にアメリカ陸軍の部隊に所属し、北アフリカ戦線に向かった兵士が帰国する際に仲間から寄せ書きを貰った記念品です。ミリタリーウェアを撮影しながら良く思うことは、戦場から生還した多くのアメリカ兵が自分のユニフォームに「戦争の記録」を残そうとしたことです。それが約80年後に「ヴィンテージ」として現存しているというのは、なんとも深〜い話です。(撮影協力:Bob Chatt)

今年夏の「東京オリンピック報道」で個人的に気になったのが、「来日した選手がお土産としてスカ・ジャンを購入。大満足で〈インスタグラム〉に写真を投稿」という記事をよく目にしたことです。果たして、選手村ではどんなスカジャンが販売されていたのでしょう。そこで最後は、ブレウさんに1950年代初頭の朝鮮戦争時代に作られたヴィンテージ・スカジャンを着てもらいました。やはり白人女性は派手なスカジャンが似合います。